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原子爆弾

  • 8月12日
  • 読了時間: 3分

8月6日、広島。8月9日長崎 昭和20年のこと。米軍爆撃機によって原爆が投下された。10万、15万という人達が、老若男女をとはず、死んでいった。傷害を負った人、放射線後遺症等を負った人・・その数は数倍。原爆はこれだけの殺傷、破壊を当時の言葉で「ピカドン」といったように、瞬時で発生する威力があった。以後 他のいかなる兵器より、特別に恐ろしい殺傷破壊兵器であるということになった。これに先立ち、昭和19年頃から大規模の空襲が日本に対して頻繁に行われるようになり、昭和20年3月10日の東京大空襲は死者10万と言われ大量殺傷の最たるものといわれた。戦争の最中であるから、戦争はもともと理性や、人間性とは無縁のところで行われる人間同士、殺すか殺されるかの、狂気の中で行われるものだから、終わった後で恨み言を言っても仕方がない。防御する力、事前によける知恵が無い方が惨めな思いをするだけ。良いか、悪いかなどは勝った方が、勝てば官軍後から何とでも理屈を探せる。実際、米国での、原爆投下についての評価は80年の時間が流れた今でも、日本におけるそれとは真逆なものが多い。どちらの言い分にもそれを語る背景もきちんと整理すれば、善悪の審判も空しいこと。日本では当然ながら、戦後、核廃絶の運動が、根気強く進められてきた。被爆者を中核に原水協などの組織もある。これらの運動に対し、何を思ったか80年近くたって、ノーベル平和賞なるものが与えられたりもしている。だが、現実は、自己満足の情緒に浸ってばかりもいられない。昭和20年の時点、2発の原爆使用後は世界中に原爆は皆無であった。

今はどうか。米・ロをはじめ多くの国が、それも恐ろしい数量の原爆を保有している。兵器の歴史は、できるだけ効率よく敵を倒すための工夫の歴史である。石器とこん棒、槍・刀、鉄砲、機関銃・速射砲・・・大量殺人、大量破壊兵器の誕生である。戦では自らは正義、相手は魔性の輩であるから、非情な兵器の使用にためらいはない。が、なぜか原子爆弾は、日本に対して使われた以外、ここ80年も使われたことが無い。戦争が無くなったのか?とんでもない。第二次世界大戦終了後も、この地球上に、戦争が絶えたことなど一度もない。殺し合いである。ロケット弾の打ち込み合いである。爆弾の落とし合いである。兵器の破壊力も格段の進歩をしている。テレビに映し出される戦争国の惨状を見れば、なんとも互いに、無益、無能、醜怪のきわみ。だが、原爆は使われていない。何が原爆の使用をせき止めているのか分らないが、開発と製造は止んでいる様子はない。神が人類を世に送り出したとき、戦争は抱き合わせであったよう。その心には神と魔性を同居させたよう。神は人から兵器を取り上げることがあるでしょうか。神がこの地球から、戦争をなくす時が来るでしょうか。その時は平和になります。世の中静かになります。でもそんな時は、もしかして、人類もきれいさっぱりこの地球から居なくなっている。まあこれもいいか。

{ほ}


2026/08/12

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