原子爆弾
8月6日、広島。8月9日長崎 昭和20年のこと。米軍爆撃機によって原爆が投下された。10万、15万という人達が、老若男女をとはず、死んでいった。傷害を負った人、放射線後遺症等を負った人・・その数は数倍。原爆はこれだけの殺傷、破壊を当時の言葉で「ピカドン」といったように、瞬時で発生する威力があった。以後 他のいかなる兵器より、特別に恐ろしい殺傷破壊兵器であるということになった。これに先立ち、昭和19年頃から大規模の空襲が日本に対して頻繁に行われるようになり、昭和20年3月10日の東京大空襲は死者10万と言われ大量殺傷の最たるものといわれた。戦争の最中であるから、戦争はもともと理性や、人間性とは無縁のところで行われる人間同士、殺すか殺されるかの、狂気の中で行われるものだから、終わった後で恨み言を言っても仕方がない。防御する力、事前によける知恵が無い方が惨めな思いをするだけ。良いか、悪いかなどは勝った方が、勝てば官軍後から何とでも理屈を探せる。実際、米国での、原爆投下についての評価は80年の時間が流れた今でも、日本におけるそれとは真逆なものが多い。どち




